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WARUMON インタビュー KRUNCH 伊勢佐木の小林隆

 アンダーグラウンドのストリートファイター集団。KRUNCH(クランチ)」


クランチのルールは、ひじ打ち、頭突き、踏みつけあり。
3分1ラウンドの短い試合時間は、「喧嘩に3分もいらねぇだろ。」というリアルファイトを追及する。
渋谷アトムでクラブイベントとして始まったが、2回目以降で人が入りきれなくなるほどの大盛況。
ディファ有明などの大会場で開催されるようになった。現在では、北海道から沖縄まで全国各地で開催されている。

ネット上では、良くアウトサイダーと比較されているクランチだが、
「アウトサイダーは、アマチュア格闘技じゃないですか。」と説明してくれたのは、クランチ関係者。
「クランチは喧嘩イベントなんです。アマチュア格闘技ではない。すごい格闘技練習してます。みたいな人が出るんじゃなくて、町の喧嘩好きな不良達が、出るようなリングなんです。」
「クランチを観に来るお客さんは、小林選手のようなファイトを求めて来ますよね。寝技があっても 、『抱き着いてんじゃねぇよ!! なぐり合えよ』っていうのがクランチの観客。お客さん沸かせるのは、不良のリアルな喧嘩を見せてくれる選手なんです。」

誰でも上がれるリングというのがコンセプトで、年齢層も17歳から上は40歳までと幅広い。
皆さん、普段は工事現場や飲食業などに就くアマチュアばかり。
2か月に1回程のペースで試合を行っていて、来年は東京、横浜をはじめ、全国各地、先述の韓国遠征も行う予定。

KRUNCH(クランチ)オフィシャルサイト

 川越少年刑務所に2年半服役。網走刑務所に1年10ヶ月服役した。


その日、記者を迎えてくれたのは、『伊勢佐木の小林隆』。
クランチを代表する人気選手として、TBSのバラエティ番組や映画にも出演している。
横浜出身で横浜在住。取材前日に誕生日で、ちょうど30歳になった。

神奈川県横浜市の伊勢佐木町が地元。
本人の、めちゃくちゃな人生を、『港町横濱伊勢佐木町ブルース。』と例え、横浜の悪い奴らの代表として出場している。
若き日は、神州連合 四代目伊勢佐木暴走貴族のメンバーであり、21歳の時に、喧嘩で川越少年刑務所に2年半服役。出所2年後には、再度喧嘩で網走刑務所に1年10ヶ月服役した。

不毛な20代を過ごし、出所してきた27歳の頃。当時すでにアウトサイダーに出場し、テレビなどにも出演していた友人、高垣勇二に勧められた。
「お前は強いんだから、町なんかで喧嘩したって、お前が勝つんだし。第一、捕まっちゃうんだから、一度地下格出てみろよ。」
最初は、あまり有名ではない、横浜の地下格闘技に出ていると、そのうちにクランチからオファーが届いたという。

クランチに出場するようになってからは、町で喧嘩を売られたとしても、喧嘩をしなくなった。
「杉浦会長(クランチ会長)のおかげで、こんな、刑務所2回行ってるような、馬鹿な奴でも、成り上がれるっていうのを実感しています。」
「普通の一般人からすれば、リングの上で殴り合って、野蛮だと思うかもしれないけど。一不良少年だった自分からすると、クランチっていうものに出会って、変われたなって思う。今まで自分のことを、『あいつはもう、懲役二回も行って、懲役太郎だ。』って馬鹿にしていた人間を、やっと見返せるようになってきたと思っています。」

試合の際は、地元横浜から200人の不良仲間が駆けつけるという小林。
みんなで、小林の名前や、チーム名が入った登り旗を持ってくれて、友達や先輩、後輩が集まってくれて、盛り上げる。
当時は喧嘩したり、殺し合いさえもした関係だと言う。しかし、最終的にはお互いに大人になった。自慢の旧車や車で来てくれる。

二か月に一回ペースでクランチの試合があるが、べつに練習はしないと言う。 食事に関しては、人の三倍、四倍は食う。網走から出てきた時、65キロだった体重は、現在100キロくらい。183cmの身長と併せて迫力を増している。
息が上がって、格好悪い姿だけは見せたくない。ということで、走りこみは行うというが、筋トレもしない。力強い印象の体は、懲役でやることが無いんで、なんとなく行っていた筋トレの名残だという。

 「実は、自分の母親が朝鮮人なんですよ。」


と、語りだした小林。
一回目少年刑務所に入った時、20代の2年半という、あまりにも長い時間の中で、色々と自問自答を繰り返した。
『いったいなんで、こんなにグレちゃったんだろう?』『なんで俺は少年刑務所にいるんだろう?』と考えた時に、思い出した風景があった。

母親は元北朝鮮国籍の朝鮮人。
彼はガキの頃に、母親が、金日成が亡くなった時に泣いてる姿を見て、やっぱり理解ができなかったと思いだす。
「なんで、そんな事でうちの母ちゃん泣いてんだろ?」って。
朝鮮学校で洗脳教育を受けていたために、金日成が死んだ際は、わけもわからず泣いていた母親。
その姿を見た時に、「やっぱり俺はただの日本人じゃねぇんだ。」と確信したと打ち明けてくれた。

「ベッキーだとかウェンツだとかは白人のハーフでしょ。見た目も違っててチヤホヤされたりしてる。でも、自分らみたいな中国とか朝鮮の血が半分っていう連中は、顔見たって解らない。」
でも、そのまま日本人として生きて行けばいいのか?って考えたときに、それは違うなと結論が出た。
「そういう、何か自分の中で、マグマみたいな、どうにもできない気持ちがあったから、グレたのかなと思うんですよね。」

半分朝鮮人ということは、裏を返せば半分は日本人だと言うことでもある。
小林は、本当の朝鮮人にも「半チョッパリ」と蔑称で呼ばれ、馬鹿にされていた。
しかし、下手なハングルでも一生懸命話して、一緒に飯を食ったり、酒を飲む。「こういう思いでこういう格闘技やったりしてんだよね。」って熱い話しをしていった中で、「お前、本当に、在日より在日の魂持ってるじゃねぇか。」と言ってもらえるようになってきた。
どうせ半チョッパリだから、言葉も話せないし。とずっと引け目をおっていたが、最近は、そんな事を気にしないでいられるようになった。

沖縄大会では、「日本も韓国も朝鮮も関係ないと思います。地下格の世界で成り上がっていくんでよろしくお願いします。」と、すんなり言えた。自分の出自を隠さずに、リングに立って頑張ってやってるんだぞ。と、言えた瞬間は、まさに自分が思い描いていた理想だった。

今年だけで5回も韓国に行っているという小林。
韓国が日本と見た目も変わらず、日本と変わらないレベルの国なのに。隣では今だにああいう、わけの解らないことをやっている国がある。
母親の兄弟も5人いて。2人は北。4人は韓国の国籍。兄弟同士で、「あんたは国を裏切った!!」などと、涙ながらにもめている様子も、ガキの頃からずっと見てきた。
こういう状況を目にすると、本当に切ない気持ちになるという。
「こんな、半チョッパリの在日が、人前で闘ったり、テレビに出たり映画に出る事で、1%でも良いから、朝鮮平和統一のためになればと思っています。」
朝鮮の血が半分流れていることに、誇りを感じているという小林は、熱く語っていた。


 両腕は龍と虎。背中が龍王丸。


刺青は、背中一面と両腕が五分で仕上がっている。
地元、横浜で18歳の時から入れ始め、完成したのが28歳の時。
懲役に行っていたことを考えると、相当真面目に通っていた事が伺える。

両腕は龍と虎。背中が龍王丸。
両足には抜き彫りで夫婦鯉を入れている。
右足の後ろ側にはハングルで夢。
首にもハングルと英語が入っている。

いつかは胸割で仕上げたいと、意気込みを語ってくれた。



Interviewer Profile
彫昌(ほりしょう)
東京都豊島区池袋で彫師として活動中。
WARUMONの編集長として、数多くの著名人にインタビューを行っている。
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伊勢佐木の小林隆

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