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WARUMON インタビュー COOLSリーダー 佐藤秀光~クールス編~

―クールスはバイカーチームから、だんだんバンドになっていったんですか?


秀光:いやいや。バイクはバイクでやってるわけだから。その中の、6、7人がピックアップされて、音楽の方でデビューしたっていうこと。

―キャロルの親衛隊だったんですか?
秀光:誰がそんなこと書いたのかね。

―では、キャロルとは、どういう関係なんですか?
秀光:キャロルの前の時から、永ちゃんとは仲良かったんだけど、キャロルで、うまくいったじゃん。
でも、キャロルは二年半くらいで解散。その解散ライブの時のライブ警護をやったんだ。

―矢沢さん側から、ちょっとやってくれよって頼まれて?
秀光:そうだよ。アメリカでもヘルスエンジェルスが、ローリングストーンズをガードしたりしてたんだよね。そういう風に格好良くやろう。っていう趣旨だった。親衛隊って、小間使いじゃねぇんだよ、俺たちは。

―そのライブの二次会で、クールスの結成が決まったということなんですが…。
秀光:そう。キャロル解散ライブの二次会の席で、俺がドラムに座って、ジョニー大倉がギターを弾いて。そこにうちの外人(クールスの現メンバーであるジェームス藤木)が入って、バンドやったのよ。
そしたら、永ちゃん喜んでね。『さっきは、バンドでも何でもないって紹介しちゃったんだけど。クールスって、バンドできるんだねぇ。』って言って。」

―その後、キングレコードがクールスをデビューさせることを決定したんですね。
秀光:「腕が追いつく前に、バンバンレコードが売れちゃうんだよ。
普通は、音楽大学出てうまい奴がごまんといる中で、スターになるっていうのは、無理だからね。運っていうものも、本当に大事なんだよ。
そして、運があったって、オーラがなきゃダメ。スターっていうのは、ピカピカ光り輝いてるでしょ。そして手が届かないでしょ。
その時の、クールスには何があったか?演奏のうまさなんてないよ。見た目ばっか。でも見た目っていうのも、すごい大事なんだよ。何か一つ。ずば抜けてれば良いってことなんだよ。

梁にあるポスターがその頃のクールスの姿ですよね?今見ても格好良いですもんね。


(写真)松田勇作とクールスが主演を務めた映画、【暴力教室(1976年公開)】の撮影中に撮影されたものである。【暴力教室】は、当時すでに大人気俳優であった松田優作と、バイクチームでありロックバンドでもある、「本物の不良」クールスが、「はみだし教師役と不良生徒役」という設定で対決するという超話題作。

秀光:昔はプロマイドとか、生写真とかね。常に一位だよ。ポスター屋さんばっちりだよね。俺ら50万くらいで契約して、失敗しちゃったよ。(笑)

秀光:やたら強そうだろ?これ。舘も結構頑張ろうとするんだけど、その中で一番強いのは誰だ?ってなって、最後の切り札で、俺が出るわけよ。俺と松田優作が、映画の中で喧嘩すんだよ。で、その俺がかなわないんだ。っていうことになると、松田優作っていうのは何者だ?っていうことになって。実は元ボクサーだった。っていうストーリー。
(写真 左松田優作、中央佐藤秀光、右舘ひろし)

―矢沢永吉が出てくるだけでもすごいのに、松田優作まで出てきてしまって、呆気にとられます。
秀光:これふたつ持って帰ったらいいよ。大変な価値だよ。松田優作、もう世の中にいないんだから。

―ありがとうございます!!WARUMON編集部の壁に貼って、スタッフの士気を高めます。

チョッパーの壁には、他にもこんな写真が無造作にかけてあった。
(写真は左から、佐藤秀光、松田優作、ジョー山中、原田芳雄。)

秀光:優作以外は俺より先輩。みんな死んじゃったよ。」
「これもそういうの(WARUMON)に載せたら良い。ここに置いといても勿体ないよね。これは、原田芳雄のコンサートで、そこにみんなが応援しに来たとこだよ。凄いなんてもんじゃないメンバーだよ。」

―秀光さんと松田優作、仲良さそうですね。
秀光:あっちこっち、一緒にいろんなとこ行ったね。

―良い人なんですか?
秀光:変わってるよね。みんな変わってるよ。ふつうの人、俺くらいのもんだよ。

まさにハードボイルド映画を観ているような人生の風景で、記者も興奮を抑えきれなかった。

坊主頭の後ろから、背中に差した日本刀をチラリと覗かせていた。


調べてみると、当時は今と違って、不良キャラの俳優や歌手が、本当に不良だった。
傷害や薬物で逮捕されている、俳優やミュージシャンが、別に珍しくもない。大らかとでも言うのだろうか、今とは違う時代だったことが解る。
そして勿論、現代の芸能界と違って、芸能人も所属事務所も、程度の差こそあれ、暴力団とも密接に関わっていた時代である。
そんな時代ならではの、芸能界の裏話しを、秀光から聞かせてもらうことができた。

当時、クールスのまわりで、刑事事件にも発展するトラブルを起こした人物がいた。
この人物は、拳銃だクスリだと、とにかく危ない人物。はじめは、クールスのファンクラブの女の子に、ちょっかいを出す程度だったのが、次第にエスカレート。
「しまいにゃ、拳銃打ったから、そいつに会ったんだよ。『店で拳銃撃ったら、誰もいなくなっちゃうよ。もういい加減にしてくれ。』って言ったよ。」
秀光は、刺し違える覚悟で、男を呼び出した。

原宿の喫茶店で、面と向かう男は、見るからに拳銃を持っている様の不良を2人、両脇に立たせて、坊主頭の後ろから、背中に差した日本刀をチラリと覗かせていた。
親分が、あごで合図を出せば、若い連中はやらなきゃしょうがない。というような状況。
「ピストルってのは、役者が『あーっ』と倒れるくらいしか、イメージがないじゃん。でも、日本刀っていうのは、イメージできるぶん余計に、『切られたら、痛いんだろうなぁ。』っていう考えが、どんどん湧いてくるんだよ。」
その場にいた人間にしか語れない緊張感が伝わる表現だ。

「これは、一体どうなっちゃうの?と思ってたら、だんだん俺の仲間達が集まってきて、囲んじゃった。それで、一時解散しましょう。ってなったんだ。
 結局、そいつ、その直後に別件でパクられちゃって、そのまんま三年間。いなくなっちゃったよ。」

まさにドラマか映画のワンシーンのような、神経をすり減らす日常を、実際にくぐり抜けてきたのである。

クレイジーケンバンドの横山剣さんは、現在大活躍されていますが、元クールスのメンバーだったんですか?


写真左から横山剣、佐藤秀光(2010年佐藤秀光ブログより)

―私、ファンなんで、今回是非お聞きしたいなと思っていたんですが、クレイジーケンバンドの横山剣さんは、現在大活躍されていますが、元クールスのメンバーだったんですか?

秀光:メンバーというか、あいつはチョッパーの従業員だった。一人辞めた時に、その代わりに、ちょっと手伝いも必要だし、『うまいじゃん。じゃ、やれ。』みたいな感じだったね。
でも、クールス自体が、休み時間の時期があったんだ。その間に、みんな好きなことやりながら、違う道に進んだ。そんな時期に、横山は、自分のバンド組んで、やるようになった。
それを、こっちが、やめろとか、こっちでやれ。とは言わないよね。むこうでうまくいってんなら、それはそれで良いじゃねーか。と思ってるよ。

数々の修羅場を走り抜けてきたが、50歳を過ぎて人生観を変えたという秀光の言葉は、まるで親心のようにやさしく聞こえる。

YOUTUBEで、横山剣在籍時のクールス。”シンデレラリバティ”ライブ動画を発見したので、ここで紹介したい。
こんなにキマってるバンドってなかなか無い。これはハンパじゃなく格好良い!!




Interviewer Profile
彫昌(ほりしょう)
東京都豊島区池袋で彫師として活動中。
WARUMONの編集長として、数多くの著名人にインタビューを行っている。
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