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WARUMON インタビュー001 丸屋九兵衛 其の2~世界のタトゥー史編~

 最近はまたイギリスの歴史にこってるんですよ。


と、丸屋氏は、かすかに関西のアクセントの残る、もの静かな口調で話し始める。
「ハドリアヌスの壁。ハドリアヌスの長城と言った方が有名なのかな?」
グレートブリテン島は、メインのところにイングランド、北の方にスコットランドがあるが、その間に1800年くらい前に作られた壁がある。
ハドリアヌス皇帝の時代にローマの軍勢が、グレートブリテン島を北に進出していった際、北の方にとてつもない奴らがいて、世界最強の軍団だったローマ軍も「俺たちは領土拡張諦めるわ。こんな人たちに関わってられんわ。」
と、やむを得なしに長城を作った。
そのとてつもない奴らの名前である【ピクト人】のピクトとは、ピクチャーの意味。そこには2説あり、彼らは全身ボディーペインティングをしていたか、全身タトゥーをしていたと推測されている。
同じブリテン諸島の住人でも、ケルト人が、タトゥーを入れていたかどうかはわからない。
最近のアイルランド人はceltic tattooを入れているけど、当時のクフーリンとか、銀の腕のヌアザ(※両者ともケルト神話に登場)など、神だか人だか解らない英雄達が、タトゥーをしていたのかは解らない。 物の装飾として、ケルト模様があるだけ。
「でもピクト人は多分、タトゥーをしていただろう。と言われているんですよ!!」
丸屋氏の、考古学とタトゥーに対する情熱が、相応して燃え上がった瞬間である。

時ははるか流れて舞台は1880年代後半。120~130年前のイギリス。
【丸屋九兵衛のタトゥー史】は、壮大かつ滑らかに進む。
シャーロックホームズのエピソード。なんとそこには日本がタトゥーのメッカだとして書かれているシーンがある。
シャーロックホームズが船乗りを捕まえて、
「君、最近日本にいたでしょ?そのタトゥーの赤は日本でしか出せない。」
と、言うのだ。
当時日本の刺青師が、外国人船乗りにフラッシュワーク的に、タトゥーを入れていた事実があったとは考えにくいが、作者コナン・ドイルが、日本製のタトゥーを目にしていたことは、事実なんだろう。

 刑務所やギャングとは切っても切り離せない業界である。


歴史的なタトゥー話しだけでは無い。丸屋氏の専門はブラックミュージック。
そんな視点からも、読者にとって、大変興味深いお話しをお聞きすることができた。
丸屋氏の若かりし頃やっていた【ちょっとイリーガルなアルバイト先】の先輩が、カリフォルニアで刑務所に入っていたことがある。
カリフォルニアの刑務所の中では、クリエイティブな囚人は、タトゥーアーティストになってしまうらしい。丸屋氏の先輩も、「今考えるとプリズンタトゥーを入れてもらえばよかった。」と後悔の念を漏らしているらしい。以下は、その丸屋氏の先輩の提供してくれた、実体験に基づく情報である。
アメリカの刑務所なので、通販はできるが、さすがにタトゥーの道具は手に入らない。
そこで、前述のクリエイティブな囚人は、ポータブルCDプレイヤーを買う。そして分解してモーターを取り出す。ロータリー式の簡易タトゥーマシンの完成である。
クリップを伸ばして、先を削り針として使用する。そしてチェスのプラスチック製の駒を、発火させたちり紙の火で溶かし、そこにベイビーオイルを混ぜてインクを作ると言うのである。
でもこれだと黒しかできない。というか、猛烈に体に悪そうである。
そもそも鉛筆やペンのインクの方が、チェスの駒よりよっぽど手に入りやすいんじゃないか?
丸屋氏と私は情報元の彼には、もちろん敬意を払いながらも、自然発生する疑念を抑えきれなかった。
その眉唾話しは一旦脇に置いておくとして、支払いはどうするのか?という話しがおもしろい。
なんと、それはラーメンだという話しである。
某刑務所では、なぜかラーメンが支給される。日本製のまるちゃんと日清のインスタントラーメンである。
丸屋氏はこの実物を譲り受けていて、そのラーメンは、まるちゃんと日清製にもかかわらず、メキシカン仕様のライム、チリ、シュリンプ味。
これを食べないで貯めていって、5スープとか、10スープ(※彼らはラーメンをスープと呼ぶ)と、いうように渡すと、何かしてくれるらしい。
金本位制ならぬ、ラーメン本位制。ラーメンが、見事にゴールドの代わりになっている世界である。

 小錦のいとこ。Boo-Yaa T.R.I.B.E


刑務所とは切っても切り離せない印象のアメリカヒップホップ界であるが、「ヒップホップって、もともとはタトゥーとそんなに近いカルチャーでは無かった。」と丸屋氏は証言する。
ターニングポイントは、2Pacの頃から。LL Cool Jは、後から入れたけど、初めの頃はタトゥーを入れていなかった。
ここにサモアンが絡んでくるのである。丸屋氏の敬愛する、小錦のいとこ。Boo-Yaa T.R.I.B.Eの登場である。丸屋氏は、彼らの音楽やライフスタイルを尊敬し、実際にインタビューを行ったこともある。
彼らはサモア系西海岸っ子。1990年代初頭、ヒップホップ界で、タトゥーをしているラッパーは、彼らくらいだった。
当時、Boo-Yaa T.R.I.B.E はDigital UndergroundやQueen Latifahなどと共にツアーをしていて、そのDigital Undergroundの荷物持ち、兼2軍メンバーみたいな感じであったのが、若き日の2Pac青年であった。おそらく2Pacはそこでタトゥーを間近に見ることにより衝撃を受け、自身でもタトゥーを入れるようになったのだろう。
2Pac以降、Hip Hop界のアーティスト達はこぞってタトゥーを入れるようになったし、Snoop Doggの三つ編みも、先取りしていたのはBoo-Yaa T.R.I.B.Eであると分析する丸屋氏は、「凄いのに全然評価が見合っていない。」と敬愛のあまり、不満を漏らしていた。

 丸屋九兵衛


というように、丸屋氏の博識ぶりは、まさに多岐に及び、その教養の範囲は恐ろしく広い。
機会があれば是非WARUMONでも連載を持っていただきたいものである。


Interviewer Profile
彫昌(ほりしょう)
東京都豊島区池袋で彫師として活動中。
WARUMONの編集長として、数多くの著名人にインタビューを行っている。
タトゥースタジオ SEEK


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自身のタトゥー編 世界のタトゥー史編

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